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貞山・北上・東名運河事典

仙台藩主伊達政宗公の時代から約300年間にわたり、開削と維持が続けれてきた貞山運河(木曳堀・御舟入堀・新堀)。 明治期の国際貿易港の整備にあわせ開削された東名・北上運河。 南の阿武隈川と北の北上川とを結ぶこれらの運河の全容を紹介します。 また、『不撓不屈-品井沼干拓300年-元禄潜穴・明治潜穴・わらじ村長 鎌田三之助』も併せ掲載しています。

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3-(1) 貞山運河の埋立て -仙台港の整備と運河-

 

 

                                         仙台港の開発経緯は → こちら

                                         仙台港のあゆみ(画像) → こちら

                                                    (宮城県土木部仙台塩釜港湾事務所サイトへ)

 

仙台港の整備に伴い、七北田川から砂押川にかけての貞山運河(御舟入堀)は、航路への転換、蒲生地区での埋め立てなど大きな変化に見舞われます。

その大きな流れは、


     構想時における運河を生かした泊地の整備

               ↓
     運河と港を接合(航路の中に運河を抱合) 

               ↓
     航路等の掘り込みで出た浚渫土砂の処分に合わせた北側地区および蒲生地区の埋め立て
と工業導入ゾーン形成

      (運河も一部埋め立てられる) 


となっていきます。


これらの経緯を正確に把握するためには、考証を必要としますが、『みなとを拓いた四百年 仙台湾沿岸域の歴史』(昭和62年8月 運輸省第二港湾建設局塩釜港工事事務所)に一通り整理されているので、ご紹介します。次ページ以降の内容は、それを転載したものです。

 (昭和33年)

 

 

 

 (昭和37年)

 

 (昭和39年)

 

 

 

 

 

 

                                                                     ⇒ 次ページへ