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貞山・北上・東名運河事典

仙台藩主伊達政宗公の時代から約300年間にわたり、開削と維持が続けれてきた貞山運河(木曳堀・御舟入堀・新堀)。 明治期の国際貿易港の整備にあわせ開削された東名・北上運河。 南の阿武隈川と北の北上川とを結ぶこれらの運河の全容を紹介します。 また、『不撓不屈-品井沼干拓300年-元禄潜穴・明治潜穴・わらじ村長 鎌田三之助』も併せ掲載しています。

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6-(3)-② 品井沼排水路工事に関するファン・ドールン復命書
 
 
 
 内務省の御雇技師セ・イ・ファン・ドールンは、明治12年に来県し、同15年にかけて品井沼の実測調査を行っている。
 
 そこに至る経緯とドールンの調査結果の復命書については、次をご覧ください。

 

なお、関連資料中に、囚徒500人を動員する場合の経費が積算されていることは興味深い。

 

(注)

内容は、宮城県公文書館所蔵の復命書原文にできるだけ忠実に沿うとともに、鹿島台町史を参考として記載しています。

 

 

▲宮城県公文書館所蔵

 

 

 

 

 

 

 

 

1 オランダ人長工師セ・イ・ファン・ドールンによる実測調査 ⇒ こちら

 

2 『宮城縣品井沼放水路ノ改修』に関するドールン復命書   ⇒ こちら

 

3  関連資料-訳書誤写のある品井沼放水路改修工事復命の取扱い⇒ こちら